
創業ほぼ140年。初代笹埜俊二が旧赤磐郡吉岡村(現岡山市瀬戸町宗堂)で雑貨屋と共に醤油の醸造を始めたのは明治3年(1870)の頃のことでした。創業者の名前が入った創業当時の看板は今も大切に保管されています。
赤磐郡誌の大正9年(1920)の産業調査によると、笹埜醤油醸造元が年間120石(2万1600リットル)の醤油を醸造していたと記されています。
創業以来、“真面目な醤油造り”を受け継いできた笹埜醤油。一番古いものは大正7年(1918)のものだという品評会での数々の褒状が、品質の高さを裏付けています。
昭和38年(1963)、県東北部を襲った集中豪雨により吉井川水系が氾濫。濁流は笹埜醤油醸造元の蔵にも押し寄せました。蔵も自宅も軒下まで水浸し。大豆も小麦も塩も使いものにならなくなり、燃料の薪も流されてしまいました。
この大洪水の難を逃れた貴重な品があります。大正期に笹埜醤油が作ったと思われるポスターです。ご近所の家の2階、箪笥と壁の間に挟まったまま時を過ごし、洪水に浸かることもなくその後偶然発見されました。笹埜醤油に里帰りして、店頭に飾られています。
瀬戸町宗堂には、地域の人々が復活させて大切に保存している“宗堂桜”があります。現社長である3代目笹埜正彦さんも宗堂桜の保存育成活動に長く携わってきました。
商品にも桜を取り入れました。春の限定商品「さくらもろみ」は、宗堂桜の葉の色(べっ甲色)と同じような色になったころが食べ頃ということでネーミング。桜の花びらが入った「桜すし酢」も商品化し、4月の第2日曜日に開かれる桜まつりに彩りを添えます。
その他、岡山特産の白桃の果汁を加えて甘みを出した「白だし」も好評。地域に根ざした商品作りを志しています。
平成3年(1991)に新工場を建設。
笹埜正彦さんは語ります。「できるだけ防腐剤を使用したくなかったんです。そのためには、清潔な工場で作る必要がどうしてもあり、決断したんです」
長年、醤油を作り続けてきた古い蔵は、平成10年(1998)に取り壊すこととなりました。これは理想とする醤油造りを目指す決意でもあったのです。
さらに、4代目笹埜俊一さんは、インターネットでのオンラインショツプを始めるなど販売形態も工夫し、新しい時代の中でも140年近い歴史をしっかりと引き継ごうとしています。